いったいどうして、一瞬にして人生が様変わりすることがあるのか、全く違う方向に足を踏み出してしまうことがあるのか、驚くばかり。こんなこと、話すのはつらいわ。言えるかどうか、自信はないけど話してみるわね。いちばん恐ろしい思いをしたのは、今となってはもう過去のことだけど、思い出してもあれは悪夢だったわ。
アリッサという親友がいたの。私たち、本当に仲良しだったわ。どこかへ出かけるのも二人いっしょ、定期テストも共同作戦、いたずらだって一緒にやったわ。散歩するのが好きで、気晴らしが好きだった。もちろん、気晴らしの中でもダンスがね。朝まで、くたくたになって踊れなくなるまでダンスしたものよ。それが、まさにダンスがすべての始まりだった、いえ、すべての終わりと言ったほうが当たってるかしら。
気の良さそうな青年がやってきて私たちのテーブルの向かいに座ったと思ったら、それがスラーヴァ。びっくりするほど愛想がよくて、二人ともすぐに彼のことが気に入ったの。私の目が輝いているのを見たアリッサは、気を利かせて席を外してくれた。スラーヴァとお近づきになれるようにしてくれたのよ。何もかもが夢みたいだったわ。げらげら笑ったり、ビールを飲んだり、ダンスをしたり。しばらくして、スラーヴァが急に、「ちょっとつまらなくなった」と言うの。ドキッとしたわ。「私といるのがつまらないの?じゃ、見込みはないってこと?」―でも、そうじゃなかったのよ、彼が言いたかったのは。スラーヴァは、にっこり笑って私の手をとり化粧室に引っ張っていくの。化粧室に入ったら、彼はドアに鍵をかけて、ポケットから白い粉が入った袋を取り出して言うの。「試してごらんよ、舞い上がったようなハイな気分になるんだ、文字どおり」ってね。私だってバカじゃないからすぐに分かったわ。彼が勧めているのはコカインだってこと。でもその時は認めたくなかったの。それが麻薬だってこと、下手をすれば依存症になること、全てを失ってしまうかもしれないってことを。スラーヴァに気に入られたかったから…。
あとは駆け足。最初のころはほんとにハイな気分を味わったわ。よく笑ったし、くるくる飛び回ったし、信じられないくらい、何もかもがうれしくてたまらなかった。私、まるで「デュラセル電池」に乗っかってるあのラビットみたいだったわ。でも、だれも私があんなにのめり込んでしまうなんて予想しなかったし、始めるよりやめるのが何倍も難しいなんて、だれも知らなかったのよ。どうしてみんな、言ってくれなかったのかしら。コカインは吸い込むだけでは物足りなくなるんだってことを。
可哀そうなのは仲良しのアリッサ…。泣いて、泣いて、お願いだからそんなことやめて、と何度も言ってた。スラーヴァのことを、不幸の始まりだったあのクラブでのパーティーのことを呪い続けてたわ。でも、彼女の言うことなんか耳に入らなかった。私が欲しかったのは、ただその日のヤクだけだった。クスリが生活のすべてだった。お金も、そのうち、金目のものなら何もかもヤクにつぎ込んだのよ。親のお金も盗み始めた。ああ、ママ、可哀そうなママ…。あんなにつらい思いをさせてしまって。必死に私を護ってくれようとしたし、私の話を聞いてくれようとしたし、どうにか私にわからせようとしてくれたママ。でも、結局どうにもならなかった。私はヤクでいかれたうつろな目をして、耳をふさいでいた。
5年間で全部なくした。前はきれいだったのに、夢があったのに。闘いに疲れ切った両親も、とうとう私から離れていった。私は、アリッサさえ失ってしまった。あんなに仲が良かったのに。あれから5年、彼女がどうしているか、まったく分からない。
ある日、一仕事しようと街を歩いていた時のこと、その頃はもう一文無しのすっからかんで、通りに立とうか考えていた。せめて一回分だけでも稼げたら!その時、出くわしたのよ、幸せそうな子供連れの夫婦に。よちよち歩きの子供が男の人と女の人に手を引かれ片言をしゃべってて、それを聞ききながら二人は幸せそうに笑っている…。
アッと思った、アリッサだ!血が引いたわ。この世の一切が分からなくなった。
私は役立たず、空っぽの人間。何もかも失ってしまった。人を好きになることも、好かれることもできなくなった。母親になれたかもしれないのに、そのチャンスも自分で捨ててしまった。勉強も仕事もキャリアを積むことも。一番大事な親友さえ、私はなくしてしまった。
ふいにアリッサもこちらに目を向けた。彼女もひと目みて分かったみたい。人間の姿をしただけの、みすぼらしくて生気のない、この痩せこけた生き物が、あの私だっていうことが。アリッサは駆け寄ってきて、わたしを抱きしめてくれた。二人とも泣きじゃくってた。私、なんてことしちゃったのかしら。どうしようもない私…。
「泣かないで。泣いたりしないの」と、言い聞かせるようにアリッサは繰り返した。
「私がついてるから大丈夫。いい?一緒に治しましょうね。麻薬から足を洗うのよ。きっぱりやめるのよ、いいわね?」
「やめるって、そんなことできっこない…」
「私がいるわ。必ず力になるから」
アリッサの小さな息子はまじまじと私の顔を眺めていた。このおばさんは一体だれなのか、ママがどうして泣いているのか、その子にはちっとも理解できない。でも、私には分かった。男の子の大きく見開かれた目を見て、分かったの。やめたい、やめたい!麻薬なんてやめるのよ。やっとのことで、自分も麻薬をやめられるかもしれない。そうなのよ!だから、アリッサ、どうか私を見捨てないで…。
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