愛には救済の力がある
愛には救いの力があるが、同時に愛は何もかも壊してしまうこともある。愛のせいで人間をダメにするような振る舞いが数々行われている。その一方で、愛があるからこそ、命を救う献身もあり得るのだ。
よく言われるように、愛情があったら人間は決して自分にとって害になるようなまねはしないものだ、そんなことをすれば自分が大事に思っている人に痛い思いをさせてしまうからだ。しかし、麻薬を使ってしまったら、事情はまったく違ったものになってしまう。だれかを愛していても、一旦麻薬による快感の虜になった途端、その人間は、全てを忘れて自分の大事な愛する人を奈落に突き落とし、結局、二人ともぼろぼろになってしまうことがあるのだ。悪いのは麻薬をやったその人間のではない、人間の思考も本能も支配して、その正気を失わせてしまう麻薬がそうさせてしまうのだ。
そこで、愛情の強さが問われることになる。もし、その感情が十分強固なものであり、自己防衛本能がまだ機能していれば、自分と自分の感情を救うため、つまり、愛する人のことを思って何でもできる。しかし、いやな人間になりたくはなくても、気持ちがもろくてうわべだけのもだったとしたら、相手を失うことになる。注射を初めてやる前まで続いていたまともな生活とともに。どうか、運命のいたずらで悪魔のクスリにひたってしまった者たちに、一人の人を授けてほしい!渦に飲みこまれ死にそうになって苦しむ者に、せめて救いの手を差し伸べてくれる人がいてくれたら…。
麻薬をやめること、それはまだ道のりの半分だ。その後、人生をもう一度歩きはじめることこそ、はるかに困難な道のりなのだ。また依存症になるのではないかという恐れの気持ちに翻弄されることなく、自分の道を決めるのはいつでも自分なのだということから始めなければならない。
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